平和を訴えるポスターにはよく白いハトが登場しますね。
ハトが平和のイメージでありシンボルなのは、なぜなのでしょうか?
ハトがいつから平和の象徴として用いられるようになったのかについて調べました。
旧約聖書のノアの方舟伝説が由来
平和のシンボルとして、ハトがオリーブの枝をくちばしにくわえて飛んでいる図がよく見られます。これは、旧約聖書の「創世記」に登場する、ノアの箱舟の物語にもとづくものです。
ノアは、アダムとイブの世代から数えて10代目の人間でした。人々はすでに堕落した生活を送っていたので、神は怒り、大洪水を起こして地上から人間をなくしてしまおうと考えます。
そして神を敬うノアだけに、箱舟をつくって家族と地上のすべての生き物を1つがいずつ乗せるよう指示します。
そして、神の言っていたとおり大雨が降り、やがてそれは大洪水へと発展していき、それによって人間のみならず、あらゆる生命がこの世から姿を消していきました。
ノアは様子を見るために40日目にカラスを放ちますが、まだ水が乾く前であったためカラスはすぐに戻ってきます。
その7日後に、今度はハトを放ったところ、オリーブの枝をくわえて戻ってきました。これによりノアは水が引き始め、神の罰である洪水が終わったことを知るのです。ここから「オリーブの枝とハト」は、神と人間の和解のシンボル、人間が神との和解によって得た平和な世界を共に築いていく、平和を象徴するシンボルとなりました。
平和の象徴のイメージを世界中に広めたのはピカソ
「ハトが平和の象徴」というイメージが世界的に広まったのは、1949年にパリで開かれた「第一回平和擁護世界大会」のポスターのためにピカソが制作したハトの絵がきっかけと言われています。その後もポーランドのワルシャワで行われた「平和擁護世界大会」のポスターでは、核兵器廃止を求めて翼を広げて飛ぶハトをモチーフにしたポスターを手掛けます。
ピカソは幼いころからハトに深い愛着を持ち、モチーフとしても多く用いました。アトリエでハトを飼っていたこともあり、さらには自分の娘にも「パロマ(スペイン語で鳩)」と名付けています。
ピカソにとってハトは身近な題材であり、政治的メッセ―ジの象徴でした。平和擁護世界大会のポスターも有名ですが、ハトを抱く少女を描いた代表作『鳩と少女』はピカソの出世作でもあります。
平和とハトの結びつきはとても古くからあるのですね。
ベランダを汚したりと厄介ものとしてのイメージはありますが
世界中で愛されている鳥であることはまちがいありません。